◆膨らむ対策費 「アナログ終了」認知低く
2003年末から東京、大阪、名古屋の3大都市圏でスタートするテレビの地上波デジタル放送の実施計画の成否が、注目を集めている。国民の認知度の低さや、移行に伴う巨額の対策費がネックとなるためだ。移行を実現するには、推進役の総務省が、視聴者にどういうメリットがあるのかを明確に示すことや、放送を取り巻く環境の変化への機敏な対応が求められそうだ。(経済部 高橋 徹)
■経 緯
「(地上波デジタル計画が始まる)2003年を遅らせるようなことは全くない」(片山総務相)。総務省は、3大都市圏の一部で放送をスタートした後、2006年には全国に拡大するとの計画について、変更はないと繰り返し説明している。
だが、ある意味では、計画は放送開始前からつまずいているとも言える。
デジタル放送に完全に移行するまで、アナログ放送を並行放送するために必要な「アナアナ変換」の対策費用が、当初予定の852億円から2000億円以上に膨らむことが昨年末、明らかになったのが、その例だ。
変換の費用の大部分は、放送局や通信会社が国に払う電波利用料で賄うことになっているが、コストが予想以上に膨らんだ場合、増額分の負担を巡って、不協和音が生じる懸念もある。
■認知度2割切る
高画質な映像が視聴できるほか、放送局と視聴者が双方向で情報をやり取りできるデジタル放送だが、2011年7月には現行のアナログ放送がすべてデジタル放送に切り替わり、1億台近い現在のアナログ対応テレビが使えなくなる点などへの認知度はまだ低い。
視聴者は2011年までに地上波デジタル用の専用チューナーを買うか、専用チューナー内蔵のテレビを購入する必要があるが、視聴率調査会社のビデオリサーチの調査によると「2003年の地上波デジタル開始」を知っているのは18%で、「2011年のアナログ放送終了」にいたっては11%だ。地上波デジタルのけん引役として期待され、2000年12月に開始されたBS(放送衛星)デジタル放送の普及の伸びが鈍いのも、アナログに比べて高額なデジタルテレビに対し、視聴者が今のところ魅力を感じていない実態を示唆している。
■慎重論も
こうした中、自民党内などには、慎重論が浮上し始めている。
「ブロードバンド(高速大容量通信)が普及するなど、計画を立案したころに比べ、放送を取り巻く環境が変わっている。計画をいったん凍結して改めて議論してもいいのではないか」などだ。
有料のCS(通信衛星)放送などに比べ、地上波放送は国民生活全体への影響が極めて大きい。それだけに、総務省には、当初計画の実行に固執するだけでなく、視聴者の声を取り入れ、関係業界と緊密な連携を取りながら、どうしたらデジタル化が国民の支持を得られるか工夫をこらすことが求められそうだ。
■アナアナ変換
地上波デジタル放送が始まっても、完全に移行するまでの間は、現行のアナログ放送の視聴者を保護するため、テレビ局は、同じ番組を並行して放送する。それに必要なチャンネルを確保するため、一部の地域では、地上波で使っているアナログ放送のチャンネルの一部を別のアナログチャンネルに変更する必要が生じ、視聴者はアンテナを買い換えたり、チャンネル設定を変更したりしなければならない。放送局も設備の変更が必要になる。
◆先行の英米も苦労
地上波デジタル放送では、先行する英米両国でも、移行の推進には苦労している。
テレビ放送のデジタル化で世界をリードしているイギリスでは、3月末に民間地上波デジタル放送「ITVデジタル」が破たんし、関係者に大きな衝撃を与えた。世界初の商用地上波デジタル放送として98年末に放送を開始した同社は、専用受信機を無料で配布し、受信契約料で収益をあげるビジネスモデルを描いていたが、契約者数が伸び悩んだ。
公共放送のBBCも地上波デジタルに進出しているが、ITVデジタルが再建を果たせなければ、商用放送の担い手がなくなることになりかねない。
一方、98年から地上波のデジタル化が始まった米国では、当初は2003年5月からすべての放送局で、デジタル放送の番組を始める予定だったが、この期限は事実上延期された。
米国では、2億5000万台のアナログテレビに対し、デジタル対応テレビは約270万台に過ぎない。視聴者は、デジタル放送が少なく、テレビが高いから買わない。放送局は視聴者が少ないからデジタル放送の番組を増やさない――という悪循環に陥っている。また、視聴者の少ない地方局にとっては、技術的な問題や多大な設備投資などが移行を妨げるネックとなっている。(ロンドン 斎藤孝光、ニューヨーク 坂本裕寿)
2002年4月19日 東京読売朝刊
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